クロマグロについて学ぶ

分類スズキ目サバ科マグロ属
呼吸方法ラム換水!
口とエラ蓋を開けたまま高速遊泳することでエラに海水を通し、血液中に酸素を供給!(泳ぎを止めると窒息死してしまう)
体温マグロは奇網と血合肉が隣り合わせにあり、血合筋が運動により発生した熱で血液を温め、動脈から静脈へと熱を移すことで体温を環境水温より5℃~10度ほど高く保つことが出来る!
奇網(きもう):細かい血管が広がった網目状の血管組織
クロマグロの写真クロマグロの写真
体は紡錘形(ぼうすいけい)
水中の抵抗を抑えるため、
腹びれ・第1背びれが収納可能!
強い推進力を生むため、
尾びれが大きく発達!
高速遊泳時に体の周りで発生する渦を抑えるため、第2背びれ・尻びれ後方にノコギリ刃のような小離鰭(しょうりき)あり!

最大記録は大西洋クロマグロの成魚で全長458cm・体重680kg!

最大記録の大西洋クロマグロの成魚(全長458cm・体重680kg)と一般男性(身長170cm・体重70kg)の比較
寿司だと20,740貫握ることが可能!
売上に換算するとなんと約650万円
寿司換算(20,740貫)のイメージ

クロマグロの歴史を学ぶ

6千年前
6千年前の古代日本人も食していた!
縄文中期の貝塚からマグロの骨と漁具を発見。
7世紀後半~
万葉集にマグロ漁に関する歌が収められており、鮪と書いて「シビ」と呼ばれていた!
古事記や日本書紀にも鮪(シビ)の文字が記されている。
江戸前期
塩マグロが主流で食材としての評価は低かった!
脂分が多く加工が難しかったことが原因。
江戸中期
保存性が高い「ヅケ」によって需要拡大!
マグロという呼び名が初めて文献に登場。

「マグロ」の由来は「目黒」
目が黒いことから関東の方言で「目黒」からマグロになったといわれており、また一説には背色が黒いことから「まっくろ」の言葉が転じてともいわれている。
関西では今でも使われているが、同じ頃に「ハツ」という呼び名が記録されており、初物のハツから定着したといわれている。
江戸後期
定置網漁の普及により安価で大量に出回るように!
この頃はトロの保存方法がなく傷みやすいため捨てられていた。
江戸末期~明治
「ヅケ」がマグロそのものを指すように呼ばれるようになった!
大正初期
輸送手段・製氷技術・冷蔵設備の発展により、鮮魚としても食べられるように!
昭和初期
缶詰や冷凍品などの需要が高まる!
昭和30年代
外国の食文化が浸透したことで脂っこいものを好むようになり、トロがもてはやされるように!
昭和40年代
鮮魚としての国内消費が増えていった!

養殖クロマグロについて学ぶ

国産と輸入のバランスの逆転
1980年代に入り輸入マグロの供給が進み、1997年前後を境に国産と輸入のバランスが逆転。
世界中でマグロ消費量が上昇している。
海外でSushiブーム
アメリカを筆頭に海外ではsushiブームが起きており、4,000店近くの寿司レストランがある。
日本は世界有数のマグロ消費大国
世界のクロマグロ消費量の約8割を日本が占めている。

養殖クロマグロの情勢を学ぶ

中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)での漁獲規制強化
日本は海域を6つのブロックに分けて漁獲枠を配分した。
しかし、枠を超えるブロックがあれば余るブロックもあって不平等であり、2017年は全体の漁獲枠を超えたため、来期の枠から繰り入れる結果となった。
大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)の規制緩和
2009年の資源管理強化(漁獲枠を削減・不正漁獲への監視・30kg以下を原則漁獲禁止など)によりV字回復し、現在は1年毎に漁獲枠が増えている。
天然クロマグロの漁獲総数が必要以上に増加した場合、養殖クロマグロ相場の値崩れが起こる可能性がある。
農林水産大臣からクロマグロ養殖についての指示
天然クロマグロの資源を守るため、2012年に農林水産大臣より、原則として2011年の天然種苗活込尾数から増加となる養殖漁場の新たな設定は行わないよう指示が出ている。
完全養殖の将来性
国内のクロマグロ養殖事業に携わる企業は、天然資源に頼らない完全養殖クロマグロの将来性は大きいとみており、各社とも完全養殖クロマグロの本格出荷への体制を既に整えつつある。
給餌においても、植物性たんぱく質を用いた飼料開発研究が進められている。

ちなみに水産物全体だと…

過去半世紀で倍・アジア圏で3倍
世界の1人当たりの水産物消費量は過去半世紀で倍増。
特にアジア地域は過去半世紀で3倍に増加。
この間、生産量増大の役目を担ってきたのは養殖業である。
世界の水産物と養殖の生産量について
2017年6月の国連経済社会局の発表では、地球の人口は2050年に98億人、2100年には112億人に達するとの予測。
今後もアジア・アフリカ地域を中心に世界の水産物需要は増え続ける。

2015年時点で、日本は世界の水産物生産量7位(約466万t)、養殖生産量(淡水魚類及び海藻類を含む)は10位(約110万t)である。

完全養殖成功に向けての取り組みについて学ぶ

稚魚養殖→成魚養殖→採卵→人工孵化のサイクル
完全養殖とは
天然稚魚→成魚養殖→採卵→人工孵化→成魚養殖→採卵→人工孵化…というサイクルで最初の稚魚を獲る以外は、天然資源に頼らない養殖。

マグロ類養殖技術確立までの道のり

マグロ養殖の研究を開始

昭和45年、水産庁の3ヵ年プロジェクト「マグロ類養殖技術開発試験」の担当機関として近畿大学水産研究所が研究を開始。

当時、マグロ養殖に参考となるデータなし。

最初の試練

串本町

まずは、ヨコワ(マグロの幼魚)の捕獲のために和歌山県串本へ。
定置網の船頭をしていた東八郎氏の協力を得ながら捕獲に成功するも、生簀に収容したヨコワは全滅。
原因は、捕獲時や台風での網の吹き上げによる魚体損傷。
もうひとつは、餌の食べ残しで海底にバクテリアが繁殖し、秋の海水温低下により酸素の少ない海底の海水上昇による酸欠。

水産庁の試験期間である3年間が過ぎて予算は打ち切りとなるが、研究者達は諦めず、ハマチやマダイなどを生産・販売して研究費を稼いだ。

光明が見えたかに思われたが…

昭和49年、これまでの経験を活かし捕獲した天然ヨコワを養殖することに成功。
昭和54年、養殖クロマグロの自然産卵をはじめて確認。
昭和55年・57年にも産卵するが、いずれも全滅し、以降11年間は産卵が途絶える。
平成6年に産卵するが死滅が続き、孵化から20日目には共喰いが始まったため、成長の早い仔魚と遅い仔魚を毎日選別して水槽を分けた。

試行錯誤と失敗の日々

沖出しの時期となり6m四方の生簀に稚魚を移したが、翌朝には大量の稚魚が生簀の底に沈んで死んでいた。
原因は、海岸沿いを走る車のヘッドライトの灯りが沖出しした生簀付近を照らし、稚魚がパニックを起こして生簀に衝突死していたこと。
もうひとつは、5~20cmの段階で推進力を生む尾びれが発達し、推進力を抑制する腹びれや胸びれが未発達な時期であったこと。
孵化から246日目には最後の1尾が死亡した。

平成7年・8年・10年にも産卵。
平成7年は、衝突死軽減のため生簀を1辺6mの正方形から対辺12mの正八角形生簀へと拡張し、生簀の周囲を日除けなどに使う寒冷紗で囲んだ。
結果、約8,000尾の沖出しから1ヵ月後で6分の1の約1,300尾が生存し、直径30m円形の生簀に移し替えた。
平成8年は、約3,800尾の沖出しから1ヶ月後で4分の1の約1,000尾が生存。
平成10年は、最初から直径30m円形を使用し、約5,500尾の沖出しから1ヶ月でおよそ半数の生存。
2年後でも約400尾が生き残ったが、卵を産むまで5年ほどかかり、その間台風や大量の雨による塩分濃度の低下、海水の濁りによるパニックなど、様々な原因で徐々に死んでいった。

成功と失敗を積み重ね続けた結果

研究開始から32年経った平成14年、沖出しした成魚による約5,000粒の産卵を確認し、ついに世界初のクロマグロ完全養殖を達成。

その後も産卵が続き、その内の受精卵約134万粒が種苗生産用として陸上水槽で人工孵化され、過去最高となる17,307尾の稚魚が沖出しされた。

2年後には16~30kg、全長90~115cmにまで成長し、完全養殖クロマグロとして世界で初めて出荷された。

水中を泳ぐクロマグロのイメージ写真

まとめ

いかがでしたか?
マグロには捕獲、養殖、食べることに至っても長い歴史があります。
そして、今の養殖業界は日本の食卓を支えていると言っても過言ではありません。
三谷船具店では、日本の漁業発展のために安心安全な生簀網を仕立てております。
今日も食卓で美味しい魚が食べられますように。

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